Quantcast
Channel: NEW ORLEANS TODAY
Viewing all articles
Browse latest Browse all 62

チャリティコンサート収益の寄付

$
0
0
去年12月のチャリティコンサートの収益金を、NOJSは5/7、 
Arabi Wrecking Kreweに寄付しました。AWKは、ミュージシャン同士がハリケーン後、お互いの家の片付けや修理を手伝っているうちに出来た団体とでもいいましょうか。現在は更に、ミュージシャンの新しい家や家具を調達するための寄付も行っています。 


というわけで、AWKの現在の大きな目標は "Carnival Time" というヒット曲で知られるソングライター、Al Johnsonの家を、Habitat Humanity(これは世界各地で災害その他のために家をなくした人に、住居を建設して提供する団体)が建てているMusician' s Villegeの中に買う資金を集めることです。NOJSの寄付金はそのために遣われました。 

http://jazzhounds.blog.ocn.ne.jp/ (NOJSの会長幹雄氏のサイト) 

Ernie-K-Doeを知っている人はかなりの通でしょうが、50〜60年代に全米ヒットを何曲か出した人です。一番有名なのが 
Mother-in-lawという曲です。アラン・トウサンの曲です。私は94年のジャズフェスに、Milton Batiste' s Magnificent 7th with Jessie Hill &Ernie-K-Doeで共演したことがありましたが、往年のスターの力量は衰えていませんでした。ハリケーンの数年前に亡くなりましたが、奥さんが今もMother-in-law Loungeというのをやっています。 

AWKとNOJSのミーティングはそのラウンジで行われました。日本領事館の副領事の立ち会いのもと、寄付金受け渡しが終わり、全員でアル・ジョンソンの家のあった所(水に流されて今はないわけ)、それから新しく家を買おうという、ミュージシャンズビレッジの見学に行きました。 

元家の方は、すっかり有名になった、Lower 9th Wardにあります。それも、壊れた堤防のすぐ側、テネシー通りです。 

ここではっきり書いておきたいのですが、何回も言っている事ですが、Lower 9th Wardは「貧乏黒人地域」ではありません。まずこの認識を改めて頂かないと、何故寄付をしているのかわからなくなります。 

ここは先祖代々(といってもアメリカのことですから遡れるのは奴隷制後、3代くらいですが)こつこつと真面目に働いて買った家を、子孫に譲り渡して来た家の集まっているところです。うちの夫の両親の家もここです。アルも40何年住んできたそうです。 

「ニューオリンズの貧しい黒人が車もなくて,愚かにも逃げ遅れて死んだ」という謝った認識では、何故全世界から援助がくるのか、何故その援助が必要かがわかりません。 

テネシー通りは漸く、政府の手が入って、壊れた家は殆ど壊され,更地にされていました。2、3軒レンガ作りの家が残っていたり、水にグワッとつぶされた家がそのままグシャッとなっていますが、あとは草や、生き残った木です。先祖代々の家は陰も形もないのです。皆,言葉も出ませんでした。 

ルイジアナ南部の石油採掘、これがすべてのカギです。石油を掘り続けるから地盤沈下が起こる。石油運搬のための水路を、ハリケーンで増えた水が押し寄せてきて堤防を壊す。その堤防は市のものではない、連邦政府の堤防です。 

更に言えば、ハリケーンによる被害モデルは学者たちから連邦政府に警告されていましたが、なんの具体的対策は出されませんでした。堤防決壊の知らせを隠していたのも連邦政府、救援物資をすぐに出さないでコンベンションセンターその他で水からは助かったのに死んだ人が出たのも連邦政府の責任です。責任追及委員会のようなものも時々出来るようですが、実際に責任追及には至らずに立ち消えになっています。 

言ってしまえば、ハリケーンという機会をしおに、ニューオリンズの市民は強制立ち退きにあったようなものです。その後補償もないのですから。 

Lower 9thについて言えば、あそこは実は商業的に有利な土地なのです。軍の基地と運河がすぐそこですから。つまり、住民が帰ってきて家を再建しない方が都合いいわけです。 

このからくりを多くの人に分かって頂きたいです。スパイク・リーのフィルムも、Big easy to big emptyも、すべてその点を告発しています。 

この点を踏まえた上で、現在この町の復興は、政府より寧ろ個人の力や全世界からの支援でなんとか続いている、だからこれからも必要なのだということを知ってください。 

そんなわけで、NOJSのメンバーがアルの元家を見て、それからミュージシャンズビレッジでいろんな国、州からのボランティアが働いている様子を見たのは,大きなことです。ジャズフェスの次の日でしたから「ジャズフェスを見るだけでなく、お手伝いにも来ました」というヨーロッパ人もいました。日本からもこういう動きがあって欲しいです。 

NOJS では、今後もチャリティコンサートを続けていきたいと言っています。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 62

Trending Articles