これを書くのは気が進みません。収拾のつかない内容になりそうだから。しかし何か書かずにはいられない。昨日は私は半日寝込んでしまいました。
前の日記、Last Chanceで、今手を打たなければ、ここ10年程でルイジアナ南部は沈むというnola.comの記事を紹介しました。現在見られるルイジアナの地図は1930年代のもので、南の方の沼地は、フットボール球場の広さの土地が45分に1つの割合で沈んでいます。カトリーナやリタがそれに拍車をかけたことはいうまでもありません。
ドキュメンタリー「不都合な真実」でも地球温暖化による海面上昇が言及されています。グリーンランドの解凍が予想より早く進んでいるのです。あんな大きな塊が何故簡単に解けるか。私の言葉で言うと、解けて流れた(とこう書いたら突然、富士の高嶺に降る雪も~、と頭の中で鳴ったーー)失礼、氷が解けてその水が地盤の下の方に流れ込んでしまって、その結果、上の氷を滑らせることになり、滑った氷は海へボシャンと落っこちるというわけです。そんなわけで、海岸の方だけでなく、内陸(とは言えないか、グリーンランドの場合。周囲だけじゃなくて、内側の部分ということ)部分もえぐられたように解けていっている。加速度がついている。上陸できる氷河が見つからなくて、シロクマが溺れ死んでいる。
そうやって海面上昇が起こるー-20フィート(約6メートル)上がると、ニューオリンズだけじゃない、フロリダの半島の周囲も、ニューヨークのWTCメモリアルサイトも、オランダも沈みます。東京大阪もかなり沈むでしょう。
赤道付近からの暖かい空気は、地球の南北の極に流れていってそこで冷やされてまた戻ってくる、というのが今までの気候の基本だった、これが崩れてしまう。空気の流れが止まってしまう。つまり、海の底に沈まないところにだって、何が起きるかわかりゃしない。経済的政治的困難は言うまでもない。
他にも恐ろしい事が、映画ではたくさん述べられています。アル・ゴアが世界のあちこちで講演している、そのスライドショーを基にこの映画は構成されていますが、ところどころに彼自身の体験ーーー息子が6歳のとき、交通事故で死にかけ「自分の周りに当然存在すると思っていたものがある日突然失われる思い」を味わったこと、ティーンネージャーの頃から喫煙していた姉が肺癌で亡くなり、父はタバコ栽培をやめたこと、そして勿論、大統領選で破れたこと(それも接戦。フロリダできちんと計算されていたら勝っていたかもしれなかったんでしたっけ)ーーが語られています。
この映画では恐ろしい気象状態を紹介するに留まらず、地球温暖化を止めるにはどうしたらいいかが希望を持って語られています。細かい方法はさておき(大体、そんな姑息な手段をたとえ世界の皆が実行したとしても、今から間に合うのか、と私は思わないでもない)、皆の心構えといったものです。
大抵の人はdenial(事実の否定)からdespair(絶望)に一直線でいってしまう。それではだめで、一人一人がポジティブにこの問題に取り組まなくてはいけないーーー私も疑うようなことを言ったけど、でも確かに、皆が努力してそれで温暖化の速度を緩めれば、その間に科学者や政治的、モラル的(宗教的)リーダーたちが何か有効な対策を見つけるかもしれない。それ以外に方法はない。
人間が原始的な技術を使って暮らしていた時代の古いモラルを変えなくてはいけない。新しいテクノロジーを使いこなすための新しい考え方ーーーーたとえば戦争をやめること。これほど気温を上昇させ大気を汚染させるものはないからです。
利潤の追求。金の塊と汚れた地球を計りにかける図を見せてアル・ゴアがユーモラスに語ります。「う~ん、なんて素敵な金ーー自分のものにしたいなあーーーしかしそれと地球を天秤にかけていいでしょうか?だって地球がなくなってしまったらーーね?」
私が時々日記に書いているPathfinder(Gail Sheehy)という本は81年に出版された本ですがその後書きにこう書いてあります。意訳だけど。
「ーーーもし社会が、ヘリコプターで人を救出したり、コンピューターで宇宙船を時間通りに打ち上げたり、車や他の機器を問題なく動かしたり、ということをきちんと出来ないならば、その社会はおかしいのです。経済市場や金融操作がうまくいくことばかり追求している社会はその目標を見失います。更にテクノロジーの道をやみくもに突っ走り戦争の機械を工夫することばかり考えていてはーーーー(中略)今まで続いてきたものが終わってしまうという不幸にまで近づいてしまいます。
政治経済というのは文化の上に乗っかっているもの。そして文化はもっと精神的(スピリチュアル)なものを土台にしている。
古い情報と新しい情報をうまく合体させなくてはならない。進んだテクノロジーをどう使いこなすか。人間でも同じ事。女は人を喜ばすためだけに生きることをやめた結果、今まで矯めてきた怒りを外に向けている。敵意を持っている。しかし今や男も女も戦線から戻って仲良く協力し、より力強くならなければいけない。
産業と国の発展の共生は、未来のために大事なことだが、それを正しく行うには、Pathfinderの精神で、そしてサダト大統領のような、他の文化圏のPathleader の態度も見倣って、自己の利益のみ追求するのをやめること。地球のどこに住んでいる人でも、その願いが個人を超えた次元で受け入れられるということが、はっきり評価されるようになること。」
ーーーーちょっとわかりにくいかな。(私の訳が悪い)
Pathfinderの精神として、何回も書かれていることは先を見通す目を持つこと、リスクを冒すのを時には辞さないこと。革命的な変化を前にして、創造的な気構えで、問題を考え直し解決し、個人の痛みやストレスや囚われから立ち上がること。そうやってLife accidentも乗り越えて行く。
(個人の災難を乗り越えるだけでなく、ひいては他の人も引っ張って行く、それがPathleaderです)
最後の段。
「今世紀(前世紀ってこと)、個人は確かなものを求めて新しい宗教や古い原理主義の信義にすがりつくかもしれない。しかし国としてアメリカがとるべき道は、個人の利益というものを超えたモラルのもとに皆がunite一つになること。Pathleaderが現れるには、その社会は新しい道をとるリスクを冒す覚悟をしなくてはいけない。 Pathleaderは新しい現実と個人的に格闘した後でそれを我々に辛抱強く説明し、我々の古い信念や価値に新しい息吹を吹き込もうとするだろう。そしてこの混乱した社会を今一度、明白な目的の元に帰してくれるだろう。そういうPathleaderを我々が見分けられる事を祈る。」
70年代に既に言われていた海面上昇(ニューオリンズでもちゃんと言われていた、と昨日ウイリアムに聞きました)、80年代に叫ばれていた、個人の利潤の追求をやめてテクノロジーを皆のために使いこなす事、これらは見事に無視されてきているわけですね。
さあ、そろそろ皆目を覚ますだろうか。それとも絶望の余り、飲んだくれるだけだろうか。どっちにしろ、個人では、少しでも地球に悪い事はやめて、かつ、クリエイティブにこの危機を乗り越えて、子供をちゃんと育てなくては。
私一人なら飲んだくれて溺れてもしょうがないけどさ、子供はきちんと育てて、社会のためになるような仕事ができるようにしてやらなくてはーーー前も書いたけど、目前の危機は、今まで人類が経験した事はーーーあるようで実はなかったもの。せいぜいクリエイティブな方法を模索しなくては。